映画に描かれたパチンコ

パチンコは単なる娯楽を越えて、内外の文化にも影響を与えています。ここでは映画の中で描かれたパチンコをご紹介しましょう。

 

世界で最も有名な日本の映画監督といえば黒澤明と小津安二郎の名前が挙がりますが、両監督ともに自分の作品にパチンコを登場させています。

 

黒澤明監督の映画では「野良犬」(1949)と「生きる」(1952)でパチンコが登場します。なかでも「生きる」では、「この銀色の玉、これはあなたです。あなたの命そのものです」とパチンコを人生にたとえています。 また小津安二郎監督の「お茶漬の味」(1952)では、以下のような主人公のセリフがあります。

 

パチンコもちょいと病み付きになるね。
つまりなんだな、大勢の中にいながら安直にいまわのきわに入れる。
簡単に自分ひとりっきりになれる。そこにあるものは自分と玉だけだ。
世の中の一切のわずらわしさから離れて、パチンとやる。
玉が自分だ。自分が玉だ。純粋の孤独だよ。そこに魅力があるんだな。幸福な孤独感だ。

 

(ちなみに両作品が作られた1952年は、現在のパチンコ機の原型となる「正村ゲージ」という釘の並びが完成した頃であり、パチンコが大流行した時代です)

 

その後も吉永小百合がパチンコ店で働く少女を演じた「キューポラのある街」(1962)や、伴淳三郎主演による「喜劇 出たとこ勝負(ちんじゃらじゃら物語)」(1962)など、パチンコが描かれる映画は続きます。

 

(両作品が作られた1962年は「チューリップ」付きのパチンコ機が登場した頃であり、パチンコが再び大ブームになった時代です)

 

山田洋次監督の「男はつらいよ」でも20作目の「寅次郎頑張れ!」(1977年)でパチンコが登場します。「とらや」の下宿人に扮した中村雅俊は電動式のパチンコで、寅さんは手動式のパチンコで遊んでいます。

 

日本アカデミー賞を独占した周防正行監督の「Shall we ダンス?」(1996年)では、ラスト近くで主人公が所在なげに時間をつぶす様の表現としてパチンコが効果的に使われていました。ちなみに同監督の「それでもボクはやってない」(2007)でもパチンコ店が登場しています。

 

海外の監督作品でもパチンコが頻繁に描かれています。アカデミー脚本賞を受賞したソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」(2003)は、東京の街を描いた映画ですが、冒頭で映し出される街の風景でパチンコ店のネオンが強調されています。また主人公たちが街を疾走するときのルートには、パチンコ店の店内が含まれています。東京を描く際に欠かせない存在としてパチンコ店が浮かび上がっているのです。

 

それ以外でも松田優作がハリウッド進出を果たしたことで有名な「ブラック・レイン」(1989年)、ジャッキー・チェン主演の「デットヒート」(1995年)や「新宿インシデント」(2009年)、「恋する惑星」や「花様年華」で知られるウォン・カーウァイ監督が脚本を書いた「最後勝利」(1987年)、ドイツ人が禅の修行をしに日本にやって来るコメディ映画「MON-ZEN」(1999)など、日本を舞台にした映画の多くがパチンコを使って物語を盛り上げています。
なかでも注目すべきものが、小津安二郎を敬愛するドイツの著名な映画監督、ヴィム・ヴェンダースの「東京画」(1985)です。「お茶漬の味」で描かれた小津のパチンコに対する愛着の理由を解き明かそうとしたのでしょう、この作品ではパチンコをする人々の様が詳細に描かれています。ヴェンダースは、パチンコを何時間も遊んだ上で以下のように分析しています。

 

喧騒の中、多くのプレイヤーと共に機械と向かい合い、孤独にひたる。
数え切れないほどの玉が、釘のまわりを飛び回るのを見ながら、時には勝ち、時には負ける。
この遊びは一種の催眠であり、奇妙な快感である。
勝ち負けはすでに重要なものではなくなり、ただ時間だけが費やされていく。
プレイに耽溺すると、もう抜け出せない。
ずっと忘れたいと思っていたことさえも忘れてしまえる。
この遊びは大戦後に出現した。
日本の民衆は、敗戦の傷を忘れたいと思っていたのだろう。※英語版より筆者訳

 

小津安二郎や黒澤明の時代から現在にいたるまで、「パチンコ」は様々な観点から映画に描かれてきました。これほど数多くの映画でパチンコが登場しているのは、それが戦後を代表する風俗・文化であるからに他なりません。(榎本雄二〔ライター〕)

 

 

 

【このページで取り上げた映画一覧】

 

「野良犬」(監督:黒澤明、配給:東宝、1949年公開)

「生きる」(監督:黒澤明、配給:東宝、1952年公開)

「お茶漬の味」(監督:小津安二郎、配給:松竹、1952年公開)

「キューポラのある街」(監督:浦山桐郎、配給:日活、1962年公開)

「喜劇 出たとこ勝負(ちんじゃらじゃら物語)」(監督:堀内真直、配給:松竹、1962年公開)

「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!」(監督:山田洋次、配給:松竹、1977年公開)

「Shall we ダンス?」(監督:周防正行、配給:東宝、1996年公開)

「それでもボクはやってない」(監督:周防正行、配給:東宝、2007年公開)

「ロスト・イン・トランスレーション」(アメリカ映画、監督:ソフィア・コッポラ、2003年公開〔2004年日本公開〕)

「ブラック・レイン」(アメリカ映画、監督:リドリー・スコット、1989年公開)

「デットヒート」(香港映画、監督:ゴードン・チャン、1995年公開〔1996年日本公開〕)

「新宿インシデント」(香港映画、監督:イー・トンシン、2009年公開)

「最後勝利」(香港映画、監督:パトリック・タム、1987年公開〔日本未公開〕)

「MON-ZEN」(ドイツ映画、監督:ドーリス・デリエ、1999年公開)

「東京画」(アメリカ・西ドイツ映画、監督:ヴィム・ヴェンダース、1985年公開〔1989年日本公開〕)